久米宏ラジオなんですけど ~これでお別れってわけではありませんからね。またチャンスがあったら、いつかそのうちぜひ~

久米宏ラジオなんですけど」が2020年6月27日放送で最終回を迎えた。
2006年10月7日から続き、期間は13年9か月、放送回数は706回だった。

オープニングの空白の12分は「久米宏 中継なんですけど」として
TBSがある赤坂サカス周辺からの中継。
カラスの鳴き声やトラックが坂を上る音などをうまく中継する様子はさすが。

その「久米宏 中継なんですけど」の様子は、HPにアップされています。

久米宏がその中継からスタジオの戻る間、堀井美香が

ね~なんでやめるんでしょうね、この人。
ほんとこういうレポートを聞いているとね
ずっと続けていた方がいいのにと思いますけど、
私ももうちょっと駄々をこねればよかったな、と思っております。
ものわかりが良すぎたなと思っております。

というコメントをしたのがリスナーの総意ではないだろうか。
”この人”って久米宏のことを表現できることの信頼感。

外山恵理、出水麻衣をはじめ、コロナ禍において
TBSの女性アナウンサーの質の高さは、これでもかっていうほど思い知った。
テレビ・ラジオを両方を持つ唯一のキー局の強さ。
この質の高さをテレビで活かしきれないのはもったいないし、
ラジオで帯番組がないのは信じられない。

「たまむすび」で赤江珠緒の代打を務めていた外山恵理が
TBSアナウンサーが帯でラジオ番組を持つことに言及した回はとても印象的だった。

久米宏は2020年6月25日の「伊集院光とらじおと」にゲスト出演。
こちらも聞きごたえがあったな。
どちらかというと伊集院光攻撃の「伊集院光とらじおと」の方が聞きごたえがあった。

攻めの伊集院光さすが。
そして、その攻撃を受けつつも急所は外してトークを展開する久米宏もすごい。
なんと贅沢な時間だったか。
それが、前後編に渡って聞けるとは。

その、久米宏と伊集院光のトークには必ず永六輔が登場する。
「永さん」「永さん」「永さん」と。
「土曜ワイドラジオTOKYO」の影響がいかに大きいかがわかる。

ずーっと久米宏と伊集院光のトーク聞いていたかった。

ちなみに、私も浪人時代の1995年4月~1996年3月までは
土曜昼は「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」をよく聞いていた。
懐かしい。

印象的だったのは、民放の番組は”無料”ではないということから繋がる降板理由。

スポンサーがラジオ番組に提供しているということは、
その原資は、スポンサーの商品を買っている人、つまり一般の人(リスナー)。
つまりリスナーはお金を払って番組を聞いてくれている。
その価値に値しないから自分(久米宏)はやめる。

このプロフェッショナルさ。

1970年に始まった「永六輔の土曜ワイドラジオTokyo」から始まる
久米宏のラジオ人生はこの2020年で50年。
「リスナーを信用している」発言の裏にはこの50年、半世紀の積み重ねがあるのだろう。

最後の久米宏の言葉以下の通り。

僕は癖がある人間なんでね。
今までいっぱい番組やってきましたけどスタッフが苦労したと思いますね。
(堀井:そんなことないですよ。)
このラジオのスタッフ大勢いるんですけど
(堀井:みんな大好きです)
相当あのね、くたびれたと思います。
聞く方もね。癖がある人だったんでね
気にくわないこともあってお疲れだったと思います。

でも、これでお別れってわけではありませんからね。
またチャンスがあったら、いつかそのうちぜひ。

とスタッフの労をねぎらうことを忘れず、
そしてリスナーには期待を持たせる終わり方。
去り際の美しさ、学ぶことが多い。

とにかくお疲れ様でした。でもまた声を聞かせてください。

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