津田恒美投手を思い出し思うこと

何気なく見ていたネットのニュースで
津田投手長男、古葉氏に学ぶ」を見つけた。
津田投手とは??広島カープの津田恒美投手のことか?
元広島監督の古葉氏が東京国際大学の監督になったことは知っていたが・・・

早速サイトを見てみると、
”津田恒美投手の長男大毅さんが
東京国際大学に編入し古葉竹識監督に指導を仰ぐ”
というもの。

その記事を見ただけで涙が出てきた。
津田恒美投手のことを思い出したのと、
長男が父と同じ投手の道を歩んでいるということに。

津田恒美投手は、広島東洋カープに所属し「炎のストッパー」と呼ばれた名投手。
津田恒美投手は記録に残る名投手ではなく、記憶に残る名投手である。
記録に残る選手はいくらでもいるのだが、記憶に残る選手はあまりいない。
テレビでしか見たことないけど、”分かっていても打てない直球”のすさまじさ。
テレビなのに伝わってくるのだから、そのすごさははかりしれない。
小学生ながらに、かっこよすぎる津田恒美の勝負師の戦いに感動していた。

その津田恒美投手は、32歳の若さでこの世を去った。
32歳・・・私と1つしか変わらない・・・
もっと年上かと思ったけど、32歳でなくなったのか・・・
また悲しくなってきた。

月並みなことしかいえないのだが、津田大毅さんにはがんばってほしい。
そして、古葉竹識監督の下大成し、広島市民球場のマウンドに立ってほしい。
再び、津田のストッパー伝説を動かしてほしい。

プロ野球の元広島投手で「炎のストッパー」と呼ばれた故津田恒美さんの長男大毅投手(19)が、東京新大学野球リーグ1部の東京国際大の2年生に編入学し、6日チームに合流した。同大監督には広島を3度の日本一に導いた古葉竹識氏(71)が1日付で就任。親子で名将の指導を仰ぐ。

 この日、埼玉県坂戸市のグラウンドでランニングなどを中心に午前と午後計5時間の初練習。「まだ誰が先輩、同級生かも分からない。緊張した」と振り返った。1993年に32歳で亡くなった父と同じ投手として野球の道を歩んだ。熊本・九州学院高から昨春、九州国際大に入学。部員150人の大所帯でアピールするのは難しく、悩んでいたころに古葉氏の話を知った。高校の同級生で東京国際大に進んだ元広島の今井譲二さんの長男健太内野手(19)にも相談。「父と同じ師に教えてもらえる」と編入試験を受けた。
(中国新聞)

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