2016年12月31日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜折れたバットが刺さらなければ・・・〜

すっかり年末定番番組となった「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」も13回目。
http://www.tbs.co.jp/senryokugaitsuukoku/


今回は過去最少の2名に焦点を当てた。
元ロッテ伊藤義弘と元中日西川健太郎の両投手。

スポーツの世界にタラレバはないが、
伊藤義弘にとっては陽岱鋼のバットが折れてなければ・・・
そのバットが足に刺さっていなければ・・・
の世界である。

プロの世界だから何があってもおかしくないのだが、
過去見てきた中でも頑張ってほしいと感じた一人だった。

巨人のテスト受からなかったかぁ〜
posted by ようすけざん at 21:56| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜辻内崇伸は不運?実力?〜

「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」はすっかり年末定番番組となった。
http://www.tbs.co.jp/senryokugaitsuukoku/

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜〜(2011年12月29日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜作り手の意識が低すぎて残念!〜(2010年12月30日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロは潔くないほうがよい?!〜(2009年12月23日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロはプロ・・・厳しい道〜(2008年12月31日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜(2007年12月31日)


2013年は、
辻内崇伸(巨人)
山室公志郎(ロッテ)
安斉雄虎(DeNA)
細山田武史(DeNA)
の4人。

トライアウトを受けても通らないことの方が多いわけで、改めて厳しい世界だと認識した。

特に、辻内は何がいけなかったのだろうが。
本当に逸材だっただけに残念。これはいまのところ西武の雄星も同じにおいがする。
それにしてもいずれの選手の奥さんもきれいすぎる。
WBCに始まり、楽天のエース・田中将大が成し遂げた開幕24連勝、日本シリーズでの劇的な胴上げなど、プロ野球は2013年も日本中の注目を集め続けた。そんな輝かしい記録・記憶の裏では各球団ともに戦力外通告が行われている。

 日本で活躍するプロ野球選手は外国人選手を含めて1球団70人(育成選手登録・研修生を除く)。12球団合わせて840人。この数字は「野球協約」とい
う規則で決められている。プロ野球選手になるためにはこの狭き門をくぐらなければならない。しかもドラフトという一大イベントを経て有力な新人が毎年入団
してくる。誰かが入団すれば誰かが退団しなければならない。狭き門をくぐっただけではプロ野球選手であり続けることはできないのだ。ドラフト1位入団であ
ろうと、一時代を築いたタイトルホルダーであろうと、どんな選手にも例外はない。

 クビを宣告された男にとって、光ある未来は厳しいサバイバルを勝ち抜いてのみ掴めるものである。愛する家族のために、自分の夢にしがみつくために。男たちは残されたラストチャンス「合同トライアウト」に挑む。果たして、その先に待ち受けるものとは・・・。

<今回取り上げる主な選手>

─辻内崇伸(26) 投手 大阪桐蔭高〜巨人(高校生ドラ1位)

 大阪桐蔭高校時代、エースとして甲子園出場。国内左腕最速の156キロを計測するなど、注目の的だった。だが、プロ入り後は、怪我に苦しんだ。そして、ファンから活躍を待ちわびられた怪物は、プロで1勝もできないまま、遂にクビ宣告を受けた。

辻内は昨年、4歳年上の女性と結婚。妻は現在妊娠中。家族を養わなければならない…。



─細山田武史(27) 捕手 鹿児島城西高〜早稲田大〜DeNA(ドラ4位)

 早稲田大学3、4年時に斎藤佑樹とバッテリーを組んだ。4年時、大学日本代表として世界大会に出場。大会期間中に父を亡くすが、帰国せずに出場を続け、延長でサヨナラ犠飛を放つ活躍をみせた。

プロ入り後、11年までは正捕手争いをしていたが、中畑監督就任以降1軍での出場はなし。昨年オフの契約更改では減額制限を超える65%となる600万円
の提示を受けた。そして今年オフ、遂に非常の宣告。2ヵ月後に控えていた結婚式を延期し、トライアウトに専念。「出場機会さえもらえれば、やれる自信はあ
る」不屈の闘志で再起を懸けた闘いに挑む。



─山室公志郎(26) 投手 桐光学園高〜青山学院大〜ロッテ(育成)

 3歳から野球を始め、神奈川の名門・桐光学園時代に1年からエースを任され関東ナンバー1右腕として注目された。卒業後はプロ入りするつもりだったが、
3年の時に怪我に見舞われ甲子園には出場したものの力を発揮できず。大学へ進学するもイップスでどん底に陥った。それでも治療を続け4年生で復活。154
キロの速球で評価を集め育成でロッテに入団した。1年目に支配下登録に昇格し、1試合に敗戦処理として登板。しかし、それが唯一の出場となり以降は2軍暮
らし。プロ4年目の今年、戦力外となった。

婚約者は2歳年上のネイリスト。学生時代からの知人で昨年交際をスタートした。今年7月から同棲を開始し、交際から1年後の記念日となる今年11月15日
に籍を入れることを決めていた。しかし、戦力外通告を受け、結婚記念日となる日の5日前にトライアウトを受けることに。婚約者は妊娠7か月。ネイルサロン
を1人で切り盛りしているが、妊娠&出産のため年内で閉める。婚約者は仕事が忙しく、2軍は試合中継もないため、山室の野球をしている姿を見たこ
とがない。トライアウトが最後になるかもしれないからと、仕事を休み山室と一緒に横浜の自宅から車で応援に向う…。
posted by ようすけざん at 02:06| 東京 ☁| Comment(46) | TrackBack(1) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜〜

年末の恒例番組となった「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」
http://www.tbs.co.jp/program/fired-sportsman_20111228.html

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜作り手の意識が低すぎて残念!〜(2010年12月30日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロは潔くないほうがよい?!〜(2009年12月23日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロはプロ・・・厳しい道〜(2008年12月31日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜(2007年12月31日)


昨年は今思い出すだけで、本当に腹立たしい。

今回の4人のうち2人、BCリーグという独立リーグに。
野球ができるだけ幸せなのか・・・
家族がいるのもかかわらず低年俸で夢を追いかけるのか・・・
はっきりいって後者である。

プロに入れなかった人が、プロに入るチャンスをつなぐために独立リーグ
プロに戻るのではなく、若手を育てるためと割り切って独立リーグ
ならばわかるのだが、プロに戻るために・・・と正直に思う。

ちなみに、BCリーグとは、ベースボール・チャレンジ・リーグの略。
http://www.bc-l.jp/
所属は、
群馬ダイヤモンドペガサス

新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ
信濃グランセローズ
富山サンダーバーズ
石川ミリオンスターズ
福井ミラクルエレファンツ
の6チーム。

杉山直久は、富山サンダーバーズへ選手兼コーチとして入団。
大城祐二は、福井ミラクルエレファンツへ入団。

ちなみに、木下達生は東京ヤクルトスワローズへ入団が決定。
古木克明は、球界全体が「舐めるな」と聞こえる当然の結果に。
元阪神タイガース 杉山直久(31) 投手

 杉山直久。松坂大輔らと同じ1980年生まれ。大学時代には速球を武器に活躍し、自由獲得枠で阪神に入団。エース候補として期待され背番号18を与えられた。05年には自己最多の9勝を挙げリーグ優勝に貢献した。だが翌年以降は肘の痛みに悩まされ思うような成績を上げることはできず、09年には背番号18を剥奪された。そして今年10月9日、戦力外通告を受けた。
 5歳と1歳になる子供がいる杉山。このまま引退すれば子供たちは自分がプロ野球選手だったことを覚えていないだろう。妻と相談し、杉山は最後の挑戦の場となるトライアウト受験を決意した。


元中日ドラゴンズ 木下達生(24) 投手

 24歳という若さで2年連続の戦力外通告を受けた男がいる。木下達生。愛知・東邦高校のエースとして05年のセンバツでチームをベスト8に導いた木下は、その年の高校生ドラフト3位で日本ハムに入団。翌年にはソフトバンクを相手に完封で初勝利を挙げた。だが1ヵ月後、右脇腹の故障で登録抹消。以降度重なる怪我に見舞われ、昨年日本ハムから戦力外通告を受けた。そしてトライアウトで好投を見せた木下は中日と育成契約。今年のシーズン途中には支配下選手登録され4年ぶりに1軍のマウンドに立った。だが1軍登板はそれだけ。チームがリーグ連覇で歓喜に沸くなか2年連続の戦力外通告を受けた。

 名古屋市内の実家で家族とともに暮らす木下。両親と妹にとってプロ野球選手・木下は誇りだった。もう一度輝いて欲しい。そんな家族の願いを背に、木下は再びトライアウトのマウンドに登る。

 
元横浜ベイスターズ 古木克明(31) 外野手

 東京のとある居酒屋で働く見覚えのある男。古木克明。かつて横浜ベイスターズの4番として活躍した男だ。古木はこの店で働きながら球界復帰を目指していた。98年、ドラフト1位で横浜に入団し、4年目には圧倒的なパワーでホームランを量産し4番も任された。しかし守備の荒さが目立ち05年以降は出場機会が激減。その後、トレードでオリックスに入団するも2年で戦力外通告を受けた。その直後、古木は格闘家に転向。だが、新たな道を歩みながらも野球への思いが心のなかで燻り続けていた。今年6月、古木は格闘家を引退し球界復帰を決断。半年後のトライアウトに向けて野球の練習を始めた。だが、2年のブランクがある古木にとって、それは無謀ともいえる挑戦だった。

 
元福岡ソフトバンクホークス 大城祐二(26) 内野手

 戦力外通告を受けた選手たちが明日への希望を求めて参加するトライアウト。ここに特別な覚悟で挑む男がいた。大城祐二。大城にはどうしても結果を出さなければいけない理由があった。それは、昨年結婚したばかりの妻、そして生後11ヶ月の娘…。守らなければならない家族の行く末がかかっていた。大城は06年、ドラフト5位で阪神に入団。夢だったプロ野球選手の仲間入りを果たした。だがプロの世界は想像以上に厳しい。在籍4年で一度も1軍に上がることは出来ず、昨年12月には育成選手として福岡ソフトバンクに移籍。さらに今年4月には左鎖骨を複雑骨折、リハビリをするだけでシーズンが終わってしまった。そして今年10月、戦力外通告を受けた。

 現在大城は福岡市内で妻と娘との3人暮らし。福岡に来てから1年も経たずにクビ宣告。実績のない大城にとって、トライアウトで結果を残すしか生き残る術はなかった。
posted by ようすけざん at 23:50| 東京 ☀| Comment(83) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

俺たちはプロ野球選手だった 〜改編期特番レギュラー決定か?〜

TBSが鉱脈を見つけたドキュメント”プロ野球選手がクビになった、その後”
今までは、「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」で、
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜作り手の意識が低すぎて残念!〜(2010年12月30日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロは潔くないほうがよい?!〜(2009年12月23日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロはプロ・・・厳しい道〜(2008年12月31日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜(2007年12月31日)

毎年年末の恒例になっていた。

2011年3月24日は「壮絶人生ドキュメント 俺たちはプロ野球選手だった」
http://www.tbs.co.jp/program/souzetsujinsei_20110324.html
では、すでにプロ野球界から身を引いた選手を取り上げた。

印象に残ったのは、人がたくさんいた。
特に、ドカベンは衝撃的。
2度の離婚で、週3日の人工透析、自己破産。何がどうなってしまったのだろうか・・・

三浦貴とポンセは、トラックドライバー。
ブライアントは、14年も働かずに暮らせるほど儲けていたらしい。
そりゃそうだ、それぐらい活躍していたもんなぁ。
15歳の娘と1歳の息子というのも驚きだったけど。

河野博文は、高崎で農業をやっていた。
妻に先立たれた後に、ダイアモンドペガサス資金難で解雇・・・
いろいろな人生があるとはいえ、あまりに酷である。

福盛和男は、3年前にメジャーにまで行ったはずなのに、いつの間にか企業の営業マン。
それにしても福元英恵の健気さがたまらなかった。

プロの世界は厳しい。そんなことはわかっている。
それよりも、プロ野球選手になるよりも、プロ野球選手を辞めてからプロ野球で金を稼ぐことのほうが
さらにもっともっと圧倒的に厳しいのだ。
そりゃそうだ、チームの選手よりコーチのほうが圧倒的に少ないのだから。

まだいろいろと多くの方のその後を見てみたくなった。
ぜひ続編を期待する!!
<今回の取材対象予定者>

・河野博文(日本ハム − 巨人)

1984年ドラフト1位で日本ハムに指名された河野投手。88年には最優秀防御率を達成した。95年にFA権を行使して巨人に移籍。96年にはリーグ最優
秀中継ぎ投手となった。2000年のシーズンオフに現役を引退した河野は、野球教室を経て04年から妻の実家が経営する建設会社の事務員となる。野球の道
をあきらめ切れない河野に08年、ベースボール・チャレンジ・リーグの群馬ダイヤモンドペガサスから声がかかり投手コーチに就任した。ようやく野球で生活
できると思ったのもつかの間、年末に実父が死去。


さらに09年春に妻の乳がんが発覚した。失意の日々を送っていた河野に次の試練が襲い掛かる。チームの資金難から群馬ダイヤモンドペガサスをシーズンオフ
に解雇されてしまう。家族も野球も失った河野は、健康であることの大切さを考え始めた。そんな矢先、彼は日本の農業改革を推進する人物に出会った。健康で
いられる基本は「食」。一緒に農業をやってみないかといわれた河野は快諾し、農家の協力を経て農作物の栽培、収穫に励むこととなった。野球から農業へ。全
く異なる道を歩み始めた河野博文が将来の夢を語る。


・門田博光(南海 − オリックス − ダイエー)

1969年南海に入団。小柄という肉体的なハンディを猛練習でカバーした門田は81年に33歳で本塁打王に輝く。そして88年には40歳で再び本塁打王
に。その活躍は同年代の中年男性を勇気付けるものだった。92年44歳で引退。引退後は野球解説者を務めていたが、2005年57歳のとき小脳梗塞で倒れ
てしまう。懸命なリハビリに努めた門田は野球殿堂入り。今は独立リーグ、大阪ホークスドリームの総監督として野球選手を夢見る若い世代を指導している。


そのほかの取材対象予定者

・愛甲 猛(ロッテ − 中日)

・ラルフ・ブライアント(近鉄)

ほか

posted by ようすけざん at 23:54| 東京 ☁| Comment(17) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月30日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜作り手の意識が低すぎて残念!〜

今年も放送された「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」
http://www.tbs.co.jp/program/fired-sportsman_20101229.html

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロは潔くないほうがよい?!〜(2009年12月23日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロはプロ・・・厳しい道〜(2008年12月31日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜(2007年12月31日)

と以前3度書いている。

今年は、福岡ソフトバンクホークスを退団することになった
吉川元浩
佐藤誠
荒川雄太
の3人。

吉川元浩は、高校の後輩だった。
3学年下なので、同じ時に高校はいなかったので、
申し訳ないのだが存在自体知らなかった。

ただ、東京農業大学第二高等学校出身で
13年プロ野球選手を続けたのは最長なのではないか。

ピッチャーには、バッティングピッチャーという道があり、
キャッチャーには、ポジション自体に元々選手が少ない希少性があることを
改めて知った回でもあった。

今回が腹がったのは、吉川元浩の長女が転校する際に、
迎えに行った吉川元浩に対してディレクターが聞いた言葉なのだ。

「娘さん、かわいそうですね」

一体、なんの意図があってこの質問をしたのだろうか。
吉川元浩の気持ちを落としてどうする。
この番組のディレクターは、トライアウトに落ちることを期待している人がなってはだめだ。
ディレクターと共に歓喜できる、そのような関係が築けてこそのドキュメンタリーだと思うのだ。

本当に本当に腹がたった。
たったひとつの質問で番組が台無しになってしまったと言っても過言ではない。
残念だ。

吉川元浩

 (31歳 ソフトバンクホークス 内野手)

 2007年に巨人から戦力外通告を受け、ソフトバンクにテスト入団した吉川。そんな彼に今年再び悪夢が襲う。それは前回と比較にならないほど過酷なもの
だった。10歳年上の妻は3人目の子を妊娠中(妊娠5ヶ月)。5歳の長男は腎臓の病気を患い11月から長期入院。妻は長男の看病のため、妊娠中にも関わら
ず病院に付きっ切りの生活だ。なぜこんな時にリストラされるのか…。しかし無情にも悪循環は続いていく。現役続行を目指しトライアウトに向けて練習を行え
ば長女の世話ができない。7歳の長女は祖母の元に預けることになってしまった。人生最大のピンチに家族がバラバラに。再び一家揃って団欒できる日は来るの
か?

 不安の中、現役続行に向けた吉川の戦いを追う。


 佐藤誠

 (35歳 ソフトバンクホークス 投手)

 プロ生活17年目にして戦力外通告を受けた佐藤。普通に考えれば17年間もプロ野球選手としての生活が続けられればある程度の満足感もあるかもしれな
い。しかし佐藤に引退という選択肢は無かった。佐藤が現役にこだわるのは家族のため。娘2人と妻との4人家族の佐藤。妻は高校の同級生。高校1年の頃から
現在まで20年間佐藤の野球人生を支えてきた。20年間、常に野球がそばにある生活を妻に強いてきた佐藤。ここまで野球を続けられたのは妻のおかげだとい
う。だからこそ少しでも長く現役を続け、稼ぐことが妻への恩返しだと考えている。そして娘たちにとって佐藤は自慢のパパ。「ずっとプロ野球選手で格好いい
パパでいてほしい」そんな思いも佐藤が現役にこだわる理由である。そんな家族への思いから佐藤は現役にこだわり、万全の調整でトライアウトに挑んだ!


 荒川雄太

 (23歳 ソフトバンクホークス 捕手)

 高校通算26本塁打の強打とその強肩が注目され2005年、ドラフト一位でソフトバンクに入団した荒川。その年、メジャー挑戦のためチームを離れた城島
の後を継ぐ逸材としての入団だった。「城島2世」と呼ばれ将来を期待されるも、その現実は厳しかった。入団から5年、一軍に上がる事は一度もなく今年23
歳という若さで戦力外通告を受けた。ドラフト1位というプライドはもう捨てた。何としても野球を続けたい。そんな荒川を誰よりも気にかけているのは両親
だ。幼い頃からプロへ向け共に夢見て過ごしてきた両親にとって、息子の戦力外通告は何よりも辛いことだった。まだ23歳。俺はまだやれる!そんな思いで挑
んだトライアウト。荒川は巧みなリードを見せアピールした。そして合否の連絡を待つ荒川に一本の電話が…!


posted by ようすけざん at 23:51| 東京 ☁| Comment(48) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロは潔くないほうがよい?!〜

今年も放送された「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロはプロ・・・厳しい道〜(2008年12月31日)
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜(2007年12月31日)
と以前2度書いている。

今年は、
元オリックス山口和男
元ソフトバンク的場直樹
元ソフトバンク山田秋親
元阪神今岡誠
の4人。

今回の山口和男と的場直樹の”トライアウト”の結果を見ていると
”トライアウト”ってなんなんだと思う。存在意義あるのだろうかと思うほどである。
しかも雨だから室内でやるなんて・・・全くもってクビになった選手をバカにしている。
彼らにとってはほぼ一発勝負。
だったら最初からドームでやればいいじゃないか。

家族を軸に描く人が一人いても良いが、ほかの切り口の人物も描いてほしい。
去年の正田樹のような人物だ。
そういえば、正田樹はその後どうしたのだろうか?
http://www.shodaitsuki.net/

なんと!!
台湾の興農ブルズに所属し、最多勝利・奪三振王のタイトル獲得。
成績は、27試合登板(先発25)防御率4.44 14勝6敗 奪三振115。

その勢いを勝ってドミニカのウインターリーグからメジャーを目指したらしいが
その夢は叶わなかった。
でも、素晴らしい。

ぜひ、日本に戻って活躍してほしい!!

山口和男
1999年、逆指名・ドラフト1位でオリックスに入団した山口は、3年目には日本人最速タイの158キロを記録。投球のほとんどをストレートで押すピッチングは、見る者を魅了した。
しかし、その球速はときに危険を伴った。2005年、巨人の清原和博の頭部に直球を当てた時は日本人最速であるがゆえに、そのデッドボールが大きな話題にのぼることもあった。
しかし、3年前から出場機会が激減。プロ10年目の今年、山口は一度も一軍に上がることなく、山口は戦力外通告を言い渡された。
35歳になった今も山口の投球は全く衰えていない。“一度でも一軍で自分の力を試すチャンスが欲しかった” その思いを胸にトライアウトを受ける事を決心した。
トライアウトに向け、山口は2人の娘と妻を自宅に残し、単身である場所に向かった。
再びプロのマウンドに戻るため…山口の過酷な戦いが始まった。

的場直樹
1999年、的場はドラフト3位でダイエーに入団。その頃、ダイエーは初の日本一に輝き、城島は正捕手として不動の地位を確立し始めていた。“自分なら城島と対等に渡り合える…”それは野球のエリート街道を歩んできた的場の大きな誤算だった。長きに渡り、2番手捕手として甘んじるしかなかった的場に最大の転機が訪れたのは2005年。城島がFAでマリナーズへ移籍。2006年、先発マスクを任されたのは的場だった。しかし、的場はそのチャンスをものにすることが出来ず、なんと中日から戦力外を受けた田上秀則に正捕手の座を奪われてしまう。そして今年のオフ、ついに球団から戦力外通告を突きつけられた。
人生最大の屈辱・・・このままでは終われない。
そして的場には、野球を諦めきれない理由が他にもあった。妻・佐也香さんのお腹には新たな命が宿っていたのだ。妊娠7ヶ月の妻にこれ以上心配をかけたくない。妻に一刻も早く吉報を届けたい。的場はすべてをかけてトライアウトに臨んだ。
家族をも巻き込んだ冷酷な戦力外通告。果たして的場の運命は・・・?

山田秋親
2000年度、ドラフト会議。当時、日本一の球団に登りつめたダイエーに、山田は逆指名で入団を決めた。契約金は、最高条件の1億5千万円。山田は1年目から2ケタ勝利を期待されるも、そのプロ野球生活は思い描いていたものとは、まるで違っていた。1年で10勝どころか、3年経ってもその数字には届かない。そして聞こえてくる“契約金ドロボー”という非難の声…。後輩たちが次々と活躍を見せる中、度重なるケガにも苛まれた山田は、ついに1年前の2008年10月13日、ソフトバンクから戦力外通告を受けた。
山田は妻・里紗さんと2人の子供の4人家族。野球を諦めるか、それともケガを克服し、もう一度挑戦するのか?山田の現役続行、それは1年間の無職・無収入生活を意味していた。家族のためには一刻も早く無職の状態を抜け出したい…しかし山田はクビになって初めて自分の内に秘められた野球に対する情熱に気づいていた。そんな山田の下した決断とは・・・?

今岡誠
シーズン終了を待たずして戦力外を宣告された今岡誠。2006年以降、右手中指の腱鞘炎に悩まされ2軍暮らしが続いていた。今シーズンは不動のポジションだった三塁を追い出され、一塁へコンバート。心機一転、再スタートをきったが、出場試合数は23試合にとどまり全盛期の力が戻ることはなかった。
首位打者、打点王のタイトルを獲得し、リーグ優勝に大きく貢献したスター選手。
このまま野球人生を終わらせるわけにはいかない。
これだけ実績のある選手がトライアウトを受ける例は極めて少ない中、今岡はプライドを捨て、トライアウトの会場に姿を現した。そして、その場所は皮肉にも13年間お世話になった甲子園の室内練習場。史上初の室内でのテストとなったトライアウト・・・そこで今岡は力を出す事が出来たのか?
妻と子供もいる今岡の野球人生は、果たしてこのまま終わってしまうのか?
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posted by ようすけざん at 23:59| 東京 ☀| Comment(38) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロはプロ・・・厳しい道〜

今回で5回目の放送となる
「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」
http://www.tbs.co.jp/program/fired-sportsman_20081230.html
過去の放送でも高視聴率を記録している番組である。

そして、2007年12月31日に
プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜
として書いている。
第1回放送
2004年12月12日(日)16:00〜17:00
視聴率9.0%(同時間帯トップ!)
「ATP賞」ドキュメンタリー部門・優秀賞獲得

第2回放送
2005年12月28日(水)23:35〜24:29
視聴率11.5%(同時間帯トップ!)

第3回放送
2007年1月5日(金)24:00〜24:53
視聴率10.6%(同時間帯トップ!)

第4回放送
2007年12月30日(日)23:59〜24:52
視聴率8.5%
今回は
■三木 均 26歳 読売ジャイアンツ 投手
■河野友軌 28歳 横浜ベイスターズ 外野手
■正田 樹 27歳 阪神タイガース 投手
の3人である。

中でも正田樹が気になるのだ。
正田樹は、1999年我が故郷群馬に初めて深紅の優勝旗を持ち帰った男だ。
私は、ちょうど7月〜9月まで、卒業旅行でヨーロッパに行っていたのでその快挙を知ったのは
9月に入ってからだったけど・・・
その後、北海道日本ハムファイターズで新人賞を獲得したものの、
2007年に阪神タイガースに移籍し、1度も1軍の登板がなく解雇になった。

”天国から地獄へ”とはこのことなのだ。
三木均は実業団へ、河野友軌は会社員に・・・
それがプロという厳しい世界だということを改めて感じるのだった。

西武ライオンズが日本シリーズ及びアジアシリーズを制覇して幕を下ろした2008年のプロ野球界。しかし世界的な金融危機の嵐が吹き荒れ、日本でも輸出産業を中心に大打撃を受けている。あの超優良企業トヨタまでもが来春までに3000人のリストラを余儀なくされるという事態に陥っている。
非情のリストラ…。プロ野球の世界でも、毎年シーズンの終わり近くになると行われる。それが「戦力外通告」。通告された選手に残された道は二つ。「野球をやめる」か、「自力で他球団に入り野球を続ける」か…。多くの選手が後者を選び野球人生をかけたトライアウトに挑むが、合格し新天地に入る者はその内のわずかな者だけ…。

人生の崖っぷちに立たされた男たちのあがき戦う姿に密着するこのドキュメンタリーは多くの人々の共感を得て、2004年以降毎年放送されるようになり、今年はついに第5弾。果たして今年はどんなドラマが待っているのだろうか!?

<今回の取材選手>
○三木 均 26歳 読売ジャイアンツ 投手
今年4月大学時代からの5年間の交際を経て入籍、12月には挙式予定だった男に非情の戦力外は通告された。昨年も戦力外になったが球団の温情で育成選手として再契約。しかし結果を残せず再び戦力外に…。挙式までに新天地を決めることはできるのか?

○正田 樹 27歳 阪神タイガース 投手
甲子園のヒーローが今年、無情の戦力外通告を受けた、阪神タイガースの正田樹投手27歳だ。
1993年、夏の甲子園。桐生第一高校のエースとして全国制覇を成し遂げた正田樹投手。その年ドラフト1位で日本ハムに入団。将来のエースとして期待され、入団3年目にはパリーグの新人王に輝き、そのプロ野球人生を約束されたかに見えた。
しかしその後、肩の故障をキッカケに思うような成績が残せなくなり2007年には阪神にトレード。そして阪神での2年間で結果が残せず、今年10月に戦力外通告を受ける。1回目のトライアウトに手応えを感じていた正田。果たして、プロ野球選手として生き残れるのか…。

○河野友軌 28歳 横浜ベイスターズ 外野手
横浜ベイスターズ室内練習場の片隅で、黙々とバットを振る選手がいた。河野友軌28歳。
2002年、ドラフト8位で横浜ベイスターズに入団した河野。1年目から1軍出場を果たし、プロ初安打も記録した。しかし、その後は際立った結果を残せず、1軍定着には及ばなかった。そして、2007年、2008年と1軍出場のないまま戦力外通告が言い渡された。
横浜市内に自宅を構える河野。家に帰れば妻・伊久美さんと3歳の長女と1歳の長男の4人家族。幼い子供たちのためにもプロ野球選手として生き残りたいところだ。
1回目のトライアウトは地元の横須賀で行われる。そのため、河野の家族も応援に駆け付けることになったのだ。家族の見守る中で河野は思い通りのプレーで生き残れることは出来るのだろうか。 (TBSホームページより)
posted by ようすけざん at 22:44| 東京 ☁| Comment(13) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月31日

プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達 〜プロ人生はギャンブル人生〜

イチローが、ダルビッシュが、福留が、岩瀬が、年俸数億円で契約していく。
その裏で今年も解雇されていくプロ野球選手がいる。

今年も放送された
「2007プロ野球戦力外通告クビを宣告された男達」
http://www.tbs.co.jp/program/fired-sportsman_20071230.html

当然のことながら、プロの世界は厳しい。
その一方で、ドラフト上位で指名されれば契約金と初年度の年俸は
普通のサラリーマンと比較すれば破格。
ただし、2年目以降は相当シビアになっていくわけである。
さすがに2年目でクビはないが、2軍暮らしが定着。
そして、4〜5年目でクビっていうことはいくらでもありえるのだ。

「2007プロ野球戦力外通告クビを宣告された男達」でメインに取り上げられたのは
藤田宗一(千葉ロッテから戦力外通告)
三浦貴(巨人から戦力外通告)

柴田博之(西武から戦力外通告)
であった。

三浦貴と柴田博之に関しては、球団も今年まで我慢した結果であるから致し方ない。
でも家族がいると思うと悲しすぎる。
子供からのビデオレターかぁ。プレッシャーかかる、かかりすぎる。
三浦貴に関しては、ぎりぎりで西武へ。

それにしても、藤田宗一はいい車乗って、いい家住んでさ。
で、結局巨人でしょ。巨人決まったら、貸切で食事会かぁ。
庶民の生活忘れちゃったんだろうね。
なんか逆に感じ悪かった。出なきゃいいのにさ。
三浦貴と柴田博之ががんばっているのに興ざめしたよ。


ぜひとも、三浦貴にはがんばってほしい!!

posted by ようすけざん at 21:26| 東京 ☀| Comment(67) | TrackBack(0) |  プロ野球戦力外通告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする